プロローグ
「移住のブログ」といいながら家づくりや車の話ばかりで移住については何も語っていなかったので、50歳の頃に「定年したら海外移住しようかな~」と、考えてから真剣に移住先を探し始め、千葉県の館山に落ち着くまでの経緯と移住後の住み心地なんかについて話していこうかと思う。
なぜ50代で海外移住を考え始めたのか?
海外移住を考えたのは、
- 退職して通勤が無くなったら都市部に住む意味はあまりない
- 60歳過ぎると賃貸の契約継続はハードルが上がる
- 慌ただしい都心部での生活は高齢者には厳しい
- 都市部に広い土地付きの家を持つのは経済的に無理
- ビーサンでどこにでも行けるような環境の中で暮らしたい
- 日本に住まなくても良い
なんかがその理由。
条件をすべて満たした移住先は「マレーシア」だった
候補地を決めるにあたって譲れない条件は、暖かい所、物価が安い、治安が良い、そこそこの医療レベル、ビザが取りやすい。
ビザが取りにくい先進国を除外して「暖かくて物価が安い所」となると東南アジア。でもシンガポールは物価が高い、フィリピンは治安が不安、タイは辛い食べ物が多い(自分は辛い物は苦手)、なので候補から外れ、残ったのはマレーシア。
深掘りしてみると1年中Tシャツで過ごせる暖かさ、物価は日本の3分の1程度、治安も他の東南アジア程悪くはなさそう、医療レベルもそれなりに良い。すべての条件を満たしてくれていて、尚且つ親日家が多い。
人種は中華系が多いが日本を含む他のアジア圏に比べてかなり混合なのでそれほど排他感は感じない(はず)。またアメリカの東海岸やヨーロッパと違って直行便で7時間程度。
ビザもMM2Hという移住制度があり、一時金としての600万円があれば申請できたのでマレーシアへの移住を真剣に考えていた。

コロナ流行とビザ改定で「海外移住」を断念
しかし2020年のコロナで全てが変わった…
2020年、「コロナ」という未曽有の事態が発生する。国を行き来できなくなると言うことはマレーシアに居たら親、子供のいる日本に戻れない、日本にいたら家財も全て置いてあるマレーシアに行けない。幸い今回は無事終息したが場合によっては5年、10年と続く可能性もあり、想像もしていなかった事態。
しかもMM2Hの制度はがらりと変わり、600万円(後に引き出し可)だった条件が住宅の購入も含めて5,000万円ぐらいに引き上げられた。
経済面の厳しさと海外移住のリスクを目の当たりにして移住先は日本国内に変えた。
よくよく考えてみたら、日本なら制度も熟知しているし、言葉も通じるし、安全で、医療もしっかりしている。すべてにおいて他国と比べ、勝るとも決して劣らない。
国内へ方向転換。なぜ「館山」を選んだのか?
候補地は千葉県の鴨川、神奈川の小田原と三浦半島、福岡の糸島、瀬戸内海沿い、そして最終的に決めた千葉県館山市。
母親が東京にいて何かの時を考えると福岡と瀬戸内海は候補から外れた。加えて娘達夫婦も神奈川在住なので自分たちが年老いた時に迷惑かけたくないし。
鴨川はアクセスの悪さと町の規模で除外。三浦半島と小田原は駅近物件になると思ったより高かった。すべての懸念材料を克服して勝ち残ったのが館山。
東京駅、新宿駅、羽田空港、千葉駅行の高速バスが頻繁に出ているし、電車も内房線が通っている。車ならアクアラインで都心まで1.5時間でアクセスできる。気分によっては「海を見ながらフェリー」なんて選択肢も。
しかも駅まで徒歩圏内の土地でも想像以上に安かったので館山に決定。

以上が移住先を館山に決めた経緯。土地探しや家づくりの詳細はこのブログの各カテゴリーを見て参考にして下さい。
次回は移住するにあたっての情報収集の話をしてみようかと思います。

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